地元偉人の顕彰碑だった 大阿坂町の古い石碑 松阪郷土史探検隊が解読

2020年6月23日(火) 20:35

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200623大阿坂の碑

明治時代の著名人の重野と日下部が手掛けた碑=大阿坂町の集落センターで

 松阪市大阿坂町の集落センターにある石碑の碑文は、これまで地域の人たちも何が書いてあるのか分からないものになっていたが、市郷土資料室と松阪郷土史探検隊(伊藤伸一代表、4人)の共同研究で内容が分かった。同町の小宮代三郎(1797~1873年)がかんがいのため私財をなげうってため池を整備した功績をとどめるもので、いずれも明治時代に全国に名をはせた歴史学者の重野安繹(1827~1910年)が文を作り、書家の日下部東作(1838~1922年)が揮毫(きごう)していた。大阿坂の碑の存在は研究者の間でも知られていなかった。(5面に拓本の写真と訓読文を掲載)

 共同研究では、拓本を取り漢文の碑文を解読。それによると、水利が乏しく干害の多かった大阿坂村で、これを憂えた代三郎が宮池と菰池の堤を高くしたとある。和歌山藩は決壊を恐れて許さず、村人は労苦を厭(いと)ったが、代三郎が説得し、私財を投じた。大谷池と岩倉池も新たに……続きは本紙で