かつての名刹・薬師寺危機 激しい老朽化でつっかえ棒 「守りたい」が檀家なく維持費不足

2019年11月22日(金) 20:03

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191122薬師寺無残・本堂

著しい老朽化で痛ましい姿の本堂。来年度に覆い屋を建てる計画=船江町の薬師寺で

 戦国時代、織田信長の伊勢侵攻の際、北畠氏との和議の場となった松阪市船江町の薬師寺は、江戸時代に再興された建物が著しく老朽化し、倒壊の恐れも生じている。地方寺院には珍しい仁王門(市指定文化財)を備え、本堂(同)には市内最多の6体の文化財指定の仏像を安置する名刹(めいさつ)とあって惜しまれる姿。兼務する朝田町の朝田寺の榎本義譲住職(70)は「文化財を何とか守っていかねば」と本年度と来年度でつっかえ棒と覆い屋を施すが、檀家( だんか) もなく「現状維持が精いっぱい」と弱っている。

 

 市文化課によると、薬師寺は聖武天皇(701〜75)の勅願で、730(天平2)年に僧・行基の開基と伝わる。1187(文治3)年、後鳥羽天皇の御願により再興し大いに栄えたが、天正年間(1573〜92)の兵乱で焼失した。江戸時代になり、僧・良海が紀州藩祖・徳川頼宣の帰依を受けて本堂、仁王門、庫裏、客殿などを整え再興したとされ、本堂は1653(承応2)年建造、続いて仁王門が建てられたとみられる。
 由緒の中でも目を引くのは、1569(永禄12)年の北畠、織田氏による大河内合戦の際に……続きは本紙で