堤防の人柱になった藤八 現地に標柱建てる 地域の恩人を語り継ぐ

2019年4月25日(木) 20:10

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190425人柱になった藤八の標柱

櫛田川の氾濫を防ごうと人柱になった藤八が眠る地に標柱を建てる中島会長(右から2人目)たち

 松阪市機殿地区では、江戸時代に櫛田川で頻発していた氾濫から地域を守るため、人柱となって亡くなった藤八を、地域の恩人として語り継いでいる。1969(昭和44)年に市が市道沿いに建てた石碑があるが、実際に人柱になった場所からは40㍍ほど離れている。そこで同地区自治連合会(中島秀雄会長)は、地域から記憶がなくなってしまうことがないように場所を再検証。実際に人柱となった地の六根町の農業用地に25日、標柱を建てた。
 「語りつぐ機殿郷土史」(1991年、機殿公民館)によると、堤防は……続きは本紙で