松浦武四郎に院殿号追贈 住職務めた長崎県の千光禅寺 生誕200年で偉業たたえ

2019年2月8日(金) 20:00

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武四郎に院殿号

平戸市の千光禅寺から本紙を通じ贈られた院殿号が書かれたミニ塔婆を持つ中野館長=小野江町の松浦武四郎記念館で

 松阪市小野江町出身の探検家で北海道の名付け親・松浦武四郎(1818〜88年)が20代のころ住職を務めていた長崎県平戸市の妙心寺派千光禅寺(田中宗寛住職)がこのほど、生誕200年に合わせ、武四郎に戒名の最上位とされる「院殿(いんでん)号」を追贈した。これまでの法名に「殿」と「大」の字が入り、「教光院殿釋遍照(しゃくへんじょう)北海大居士」となる。一般には相当な寄付などが必要になる場合が多いが、田中住職(72)は縁のある寺として偉業をたたえたかったとする。

 

 武四郎は1834(天保5)年、17歳のときに全国各地を巡る旅に出る。21歳のとき、長崎で生死をさまよう大病にかかるが、地元の人の熱心な看病や僧侶たちのおかげで回復。感謝した武四郎は僧侶になり、平戸市の千光禅寺などで住職を務めた。この寺は、日本にお茶をもたらした臨済宗の開祖・栄西禅師が唐から帰国して初めて座禅を組んだ寺で「禅と茶の伝来の地」として知られている。
 院殿号は戒名の一つ。古くは院号の下とされていたが、江戸時代以降に権力者が……続きは本紙で