江戸後期の山車に“光明” 平生町から大石観光協会へ 年明けから若者ら修理

2018年12月27日(木) 20:01

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平生町の屋台

山車の組み立てを行った野呂さん(右)と勝田さん(左前)ら。出てきた木箱のふたには文化三年の文字=小片野町で

 松阪市平生町で長年使われずしまい込まれていた江戸時代後期に造られたらしい山車を、大石観光協会(野呂一平会長)が譲り受け、市内の30〜40代の若手らを中心によみがえらせようとしている。修復し、今の時代に合うデザインに生まれ変わらせて松阪市の地域活性化に役立てたいという。23日に組み立ててみたところ、傷みが激しく修繕が必要な所が多いことから、クラウドファンディングや行政の助成金などを利用し、費用に充てようと考えている。

 

 この山車は平生町自治会(中村武夫会長、45軒)が所有。台車が長さ3メートル60センチ、横1メートル55センチ、高さ2メートル30センチあり、さらにこの上に2階と屋根が付く。2階部分はくぎを使わず差し込み式で組み立てる。1951(昭和26)年の松阪大火でも生き残り、昭和40年代ごろまでは祇園祭りの際に飾って子供が乗ったりしていたが、少子高齢化が進み、集会所の奥にしまわれて出番が無くなっていた。2005(平成17)年に当時の市立歴史民俗資料館の館長が行った調査で「遅くとも19世紀前半の制作」とされた。
 市内に眠る山車を大石地区や市の活性化に役立てたいと、以前から……続きは本紙で