壬申の乱との関わり探る 斎宮跡と久留倍官衙遺跡 明和町など共同シンポ

2018年2月5日(月) 20:00

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明和と四日市でシンポ

話し合う(右から)堀越さん、乾さん、大川さん、司会の榎村寛之さん=明和町斎宮の西脇殿で

 多気郡明和町竹川の斎宮歴史博物館と同町、四日市市は3日午後1時20分から同町斎宮の史跡公園さいくう平安の杜(もり)西脇殿で、共同シンポジウム「斎宮跡と久留倍官衙(くるべかんが)遺跡」を開いた。定員の100人を上回る聴講者が訪れた。
 斎宮跡と、四日市市の久留倍官衙遺跡は、天皇の後継者の座をめぐって起きた古代最大の内乱・壬申の乱(672年)とゆかりが深く、どちらも国指定史跡。壬申の乱に勝利した大海人皇子(天武天皇)が皇女の大来皇女(おおくのひめみこ)を伊勢に派遣したことが、斎王制度の始まりに関わるとされている。明和町と四日市市は2016(平成28)年に事業連携協定を結び、昨年は同市で初のシンポジウムを開いていた。
 この日は奈良大学の上野誠教授が「万葉集と壬申の乱」のテーマで記念講演。続いて同町斎宮跡文化観光課・乾哲也さんや同館調査研究課の大川勝宏課長が話し、四日市市教育委員会社会教育課の堀越光信さんが「壬申の乱と久留倍官衙遺跡」で講演した後、それぞれ自説にも……続きは本紙で