遺族3人が現場で慰霊 元中曽根首相実弟ら12人亡くなる 昭和20年に海軍輸送機が局ケ岳に墜落

2016年12月26日(月) 20:00

LINEで送る

局が岳慰霊登山

墜落現場で手を合わせる遺族と元いいなん山楽会のメンバーら=飯南町上仁柿で(飯南町深野の深世古鎌一さん提供)

 1945(昭和20)年年2月25日に、松阪市飯南町上仁柿の局ケ岳(1029メートル)の支尾根の標高約700メートル辺りに墜落した旧日本海軍輸送機の乗員の遺族3人が、24、25日の両日千葉県から慰霊に訪れた。慰霊碑のある同町の高福寺(竹中源暢住職)で回向をし、元いいなん山楽会のメンバー6人の案内で墜落現場を訪れて花をささげた。
 輸送機は千葉県木更津市の海軍航空隊基地から山口県岩国市の基地に向かう途中、悪天候のため墜落。中曽根康弘元首相の実弟の中曽根良介海軍少尉(当時25歳)を含む乗員12人全員が亡くなった。1年後に飯南町上仁柿の猟師の故・久世万助さんが発見したが2人しか身元が分からず、10人は地元の人らが高福寺に無縁仏として埋葬した。
 その後墜落の可能性を知った遺族らが当時の厚生省や防衛庁で調べてもらい、79(同54)年に全員の身元が判明し、遺骨は遺族に戻された。同年5月20日に中曽根元首相ら遺族約60人が、高福寺と墜落現場を訪れて供養している。
 今回は、最初に身元が判明した2人のうち千葉県成田市の海軍航空隊2等整備兵曹大里喜一さん(当時22歳)の……続きは本紙で