縄文期の竪穴2棟発見 立田町の朝見遺跡 海抜5メートルの低地で県内初

2016年8月26日(金) 20:00

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朝見遺跡

【左】出土した平安時代末から鎌倉時代初めの墨書土器。上が表で、「之十」と書かれているように見える。下が裏
【右】出土した江戸時代の木簡。下の文字は「谷」のように見える

 2010(平成22)年度から県埋蔵文化財センター(多気郡明和町竹川)が発掘調査を行っている松阪市立田町の朝見遺跡の本年度の調査で、同遺跡では初めて江戸時代の木簡が出土した。また、縄文時代の竪穴建物跡2棟が見つかり、縄文時代にこの地で人が生活していたことが確認された。海抜5メートル前後の低地で縄文時代の集落が見つかるのは県内では初で、貴重な成果だという。9月3日午前10時から現地説明会(参加自由)がある。小雨決行。
 
 立田町と和屋町にまたがる朝見遺跡は、田川左岸の低地にある縄文時代から近世にかけての遺跡。これまでに青銅鏡や有力者の物と思われる大型掘立柱建物跡などが見つかっている。
 本年度調査で見つかった木簡は、長さ8センチ、幅5・5センチ。2文字書かれており、下の文字は「谷」のようだが上の文字は読めず、何の用途に使ったものかも調査中。同センターの石井智大主任(38)によると、木簡は奈良、平安時代には手習いや荷札に使われたが、江戸時代にはまじない札や表札、荷札など用途が多様化した。たった2文字だが、この木簡に何が書かれているか分かれば、これまで分かっていなかったこの地域の歴史や生活が分かる可能性もあるという。同遺跡で江戸時代の文字が見つかったのは初めて。
 また、縄文時代の竪穴建物跡も初めて見つかった。これまでにも縄文時代の土器と石器が……続きは本紙で