感謝と悔恨、こもごもに 65年前の記憶 六軒列車事故助かった男性

2021年10月22日(金) 20:54

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 1956(昭和31)年に松阪市小津町の国鉄参宮線(現JR紀勢本線)で起き多数の死者を出した列車の衝突事故について18日付本紙で報じたところ、最初に脱線・転覆した列車に乗っていた男性が当時のことを語ってくれた。度会郡玉城町田丸の元団体職員・石橋健二郎さん(91)。事故のあった10月15日になると思い出し、命が助かったことへの感謝と他の人を救助できなかったことへの悔恨の念が、65年たった今もこもごもに去来している。
 
 事故は蒸気機関車同士の衝突で、六軒駅と津屋城踏切の間で起きた。埼玉県の高校の修学旅行生などを乗せた鳥羽行き快速列車が安全側線を突破して脱線・転覆し、数十秒後、対向の鳥羽発名古屋行き快速列車が激突、高校生24人を含む42人が蒸気機関の湯を浴びるなどして死亡した。
 石橋さんは松阪市の興和紡績で勤めたこともあるが、当時は津市で働いており、通勤に快速列車を利用していた。56年10月15日は午後6時に仕事を…………(
続きは本紙で

 

211022六軒列車事故を語る

18日付本紙を手に、列車事故当時のことを話す石橋さん=玉城町田丸の自宅で